新・古美術 【陶 陶】 |
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小貫政之助・資料
作品 作品 1958〜59年頃 1955年 ミックスメディア/紙 ミックスメディア/紙 34.1×24.2cm 27.0×19.0cm |
作品 1955〜56年 油彩/板 29.7×17.7cm |
小貫政之助年譜 1925年 大正14年1月10日、建築業小貫政吉・ミツの次男として東京市京橋区月島に生まれる。 1930年 東京市京橋区月島第二尋常小学校入学。 1935年 同校卒業。 同校尋常高等科入学。 1937年 同校卒業。 1939年 東京都世田谷区玉川に転居。 本郷岡田三郎助美術研究所入所。 1941年 太平洋美術学校専科入学。 1942年 同校本科二年に飛び級編入。 1944年 同校卒業。東京都西多摩郡羽村武蔵野に転居。 中島飛行機株式会社三島工場設計課に動員。 セザンヌ・ブラマンク・佐伯祐三に影響され、学校アカデミズムに抗し、フォービズムに傾く。 1945年 6月29日応召、応召時遺書として四号自画像を描き、他の4、5点を残しほとんどの作品を焼く。 8月、各務飛行基地にて杯洗を迎え復員。 1946年 子爵堀秀孝の長女寿子と結婚。 1947年 妻寿子死去。現代美術会員になる。 モデル使用を求め文化学院美術部入学。 1948年 文化学院中退。 1949年 現代美術展努力賞受賞。 1950年 片桐妙子と結婚、東京都西多摩郡福生町に転居。 現代美術展会員努力賞受賞。 1951年 長男大介誕生。 1953年 美術評論家瀧口修造氏・彫刻家木内克氏の推薦により、タケミヤ画廊にて個展。 1954年 落ち着いて創作活動に打ち込む意欲に燃える。 1955年 グループ・ホアン展結成。 1956年 自由美術協会会員に推挙される。 1960年 60年安保闘争デモに参加。反戦運動に参加。 1961年 式場隆三氏の推薦によりグロリアにて個展が開催される。 1965年 アルジェ世界平和友好祭に出品。 1968年 自由美術家協会退会。芸術運動に疑問を持つ。 1969年 『子供に戦争をどう教えるか』の表紙を装画。 1970年 黒岩重吾『蒼ざめた虹』の表紙を装画、以後黒岩重吾の装画を手がける。 1972年 フジテレビ・ミュージックギャラリー「小貫政之助の世界」に出演。 1974年 『町は火の海ー東京大空襲3月10日ー』鳩森書房の表紙を装画。 1978年 小貫政之助銅版画集<小世界>フジテレビギャラリーより出版。 1980年 11月15日、長男大介死去。 1981年 7月、サイパン・テニアン・ロタ・グアムへ戦跡巡礼の旅。 1988年 4月18日、立川病院に入院。 6月3日、午後12時5分ガンのため死去。63歳。 1992年 2月、小貫政之助展実行委員会による回顧展(出品数138点)が開催される。 小貫政之助作品集出版委員会により「小貫政之助作品集-業と魔性のポエジー」が出版される。 ※ 小貫政之助作品集-業と魔性のポエジー 出版委員: 黒岩重吾 難波田龍起 林紀一郎 石上正夫 大森昭三 岡部洋佐 栗原一郎 柳家つば女 |
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